しかし、よく考えると、子供には大腸癌はありませんし、若い方にも大腸癌の発症は非常に少ないのですから、それを差し引いて考えると、大腸癌をそろそろ心配しなければいけない大人にとっては、毎年、1000人に1人以上の割合で、大腸癌が発生していると考えたほうがいいのですね。
これが多いと考えるか少ないと考えるのか、むずかしいところです。これについて考察しましょう。
もし、大腸癌を治療しなければ、毎年、1000人に1人の割合で、大腸癌で死んでいくことになりますよね。自分の仲間たちが、この割合で死んでいくと仮定します。こんなことは無いわけですが、治療しないとすればそうなりますよね。
でも、これは全く的外れな仮定ではないのですよ。時々、それに近いような患者さんもいるのです。検診や症状があっても、いろいろと理由をつけて検査を遅らせている人は、たくさん見受けられます。ですから、『治療しないとすれば』という仮定は、ぜんぜん的外れな仮定ではないのですね。
1年間で、1000人に1人。もし、毎朝通勤で使っている地下鉄の駅のプラットホームで、1年間に1000人の利用者に1人の割合で、プラットホームから落下して電車に引かれてしまうとすれば、これは、とても危険な駅ですよね。
1年間に1000人に1人ということは、10年間では100人に1人と言う割合になります。30年間勤務して、30年間、その駅を使っているとしたら、サラリーマン生活の中で、33人に1人の割合で、駅のプラットホームから落下して、電車に引かれている計算になります。
でも、人生は30年間ではないのですね。現在の平均寿命の延びから考えて、癌を心配する年齢になってから、40年間は、生きているのが普通では無いでしょうか。すこし、複雑な計算になりますが、25人に1人の割合で、大腸癌になるということになるのですね。これは、無視できる数字ではないですよね。そして、この数字は、日本では年々増加しているのです。
しかし、幸いなことに大腸癌は、治療をすれば押しなべて6割ぐらいの方が、治るのですね。そして、実は早期に見つかれば、おなかを切らなくても、内視鏡検査で治療ができるのですね。
ですから、大腸癌検診は、とても大切になるのです。ほとんどの大腸癌は防げる病気ですから。
現在、胃がんと大腸癌の死亡数は、同じくらいか大腸癌のほうが勝っているかというぐらいの状況になっているのですが、なぜ、胃がん検診では、最初から、胃カメラや胃のレントゲン検査をしているのに、大腸癌検診では、便鮮血という検査を行なっているのかわかりますか。
胃カメラを飲むよりも便鮮血検査で、便を調べてもらうだけのほうが、簡単ですよね。大腸癌検診は、簡単でいいなあ、と思っていませんか。実は、ぜんぜん意味が違うのですね。
胃がん検診は、直接胃がんの有無を検査します。胃カメラをすれば、胃がんがあるか無いか、確実にわかりますよね。
でも、便鮮血検査は、便の中に微量の血液があるかどうかを見るだけの検査なのです。もちろん、それで大腸癌の有無が分れば、すばらしいですが、実は、分らないのです。あくまで、血液があるかどうかの話です。でも、実は、すこし役に立っているのは、便鮮血検査が陽性に出た人は、大腸カメラを行なうと、大雑把に言って100人に一人ぐらい病気が見つかるのです。もし、街を歩いている大人を捕まえてきて片っ端から大腸カメラをしたら、今まで計算したように、おそらく、1000人に1人の割合でしか、病気が見つからないでしょう。1000人に1人の発見率から、100人に1人の発見率に上昇させる意味があるのです。でも、注意してください。私は、若いころ、まだ、保健医療がゆるいころ、大腸癌の手術前の患者さんに片っ端から便鮮血検査をしたことがあるのですが、実は、直らないぐらい大きな大腸癌のある患者さんでも、便鮮血が陽性にならないことが多いのです。これには驚きました。まだ、論文を書くなんてことを考えてもみなかった若いころでしたから、そのデータは私の驚きの中だけでしまわれてしまい、発表もしませんでしたが、正直、驚きでした。でも、当たり前なのですね。大腸癌でも、常に出血しているわけではありません。たまたま、出血しているときの便で便鮮血が陽性にでるだけで、大腸癌は、けっこう大きくなっても出血していないことが多いのですね。でも、こんな経験をしていないドクターは便鮮血検査をとても信じすぎています。癌があれば、必ず、あるいは、かなりの高頻度で、微量の出血をしていると信じているのです。でも、私は、自分の巨大な大腸癌のある患者さんで何人も手術前の便鮮血検査が陰性に出たのを知っています。
ですから、大腸癌検診の便鮮血検査は、その意味を十分に理解していなければいけないのです。つまり、便鮮血検査は、次に行なう精密検査で病気が見つかる割合を高くしているだけで、大腸癌のある人を全部集めてきているわけではない。ですから、大きな癌があっても、精密検査が必要な群に選ばれないことがあるのです。もちろん、便鮮血検査で、要請だった人の99%の人も特に病気が無い人ですから、必要以上に心配することはありません。
では、なぜ、便鮮血検査というものを検診に入れて、大学入試の足切り見たいな事をするのでしょうか。それは、胃カメラが5分で終わるとすれば、大腸カメラは前後をいれて30分ぐらいは見ないといけないからです。そして、この時間内にすべてを終えることは、かなりの熟練した医師でなければできません。医療問題は、一部の特殊な医者を考えるのではなく医師全体のレベルを考えて、論じなければいけないのですが、その視点で言えば、大腸検査は、1時間見なければいけないでしょう。つまり、胃カメラに比べて、大腸カメラは、10倍の時間と労力を必要とするのです。(その割には、日本のドクターフィーは安すぎますね。まあ、今はそれがテーマではありませんが。)
10倍の労力を必要とするから、国民全員に検診をすることは、不可能なのです。そこで、本当の意味で、検診をする人をふるいにかけているのです。そのふるいの中で、便鮮血検査というものは、かなり優秀なものです。病気の人が、10倍に濃くなるのですから。
さて、便鮮血検査というものの舞台裏がわかったところで、現実の医療の場でよくやられている間違った医療を紹介しましょう。〔これが今回のテーマです。〕
大腸癌検診で、便鮮血陽性の結果が出た女性がクリニックの門をたたきました。(現実に門を叩いたわけではないですよ。受診したという意味です。)便鮮血検査は、たいてい2日法で行なわれています。この方は、1日目が陽性、2日目が陰性だったようです。そのとき、まず、患者さんが言います。「私は、痔持ちだから、そのせいだと思うのです」この発言の裏には、検査をやりたくないなあという気持ちがあります。医者もいいます「では、もう1度便鮮血検査をやって、確かめましょう。」
これは、大きな間違いです。まず、便鮮血検査は、精密検査をする人としない人を分別するだけのものですから、もう1度検査をして、分別しなおしてはいけないのです。そして、陰性だったら、安心する、というのは、間違っています。
大腸癌があっても便鮮血検査が陰性に出ることは多いのです。だから、2日法をやってどちらかで引っ掛けようとしているのです。1回でも陽性だったら、検査をする。ということです。陰性がでるまで、検査をして、陰性が出たら、安心する。という種類の検査ではないのです。
でも、あるいは、その医者は言うかもしれません。私は、この方法で癌を見逃したことが無いと。でも、検査が陽性でも、1%の方だけが病気を持っているだけです。何も検査をせず、患者さんを帰してしまっても、99%は見逃しが無いのです。99%の患者さんにとっては名医なのです。でも、これは間違いですね。
皆さん、便鮮血検査で陽性が出たとき、「もう1度確かめましょうか。」といわれてことはありませんか。そういう医者がいたとしたら、それは、藪医者です。語調を強くしてそういいます。
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