新肛門手術について @clinic guide

直腸がんや肛門がんでも人工肛門(ストーマ)にならない方法があります。

 第1章 
直腸癌を治しストーマをなくす

【直腸癌、大腸癌の解説】

わたしたちは、肛門として自然な働きをする、 「新しい肛門を再生する手術(新肛門手術)」を1995年から行なっています。

直腸がんに対する手術は、治癒を目指した、しっかりした手術を行ないます。いままで行なわれていた手術法と比べて、何ら、切除する範囲に手心を加えることはありません。つまり、直腸癌の治る可能性を損なうことはありません。(2003年6月6日札幌で開催された日本外科学会総会で発表済み.内容は後日発表しますが、その要約は、2002年までに新肛門の手術をされた19名と同時期にぎりぎり肛門側から切除し肛門を残した19名との比較で、新肛門には切除部位近くの再発は1例もなかったのに比較し、ぎりぎりで肛門を残した19例中5例で局所再発が見られたというものです.これは、統計学的にも意味のある差(偶然の差ではないという意味です.)でした。)

そのうえで、自然な肛門の機能をつかさどるのに重要な役割を有する陰部神経を縫合した骨格筋によって、新しく肛門括約筋を作り、肛門のあった部位に新たに肛門を作ります。

この手術法は国内外の学会や学術誌で情報公開していますが、現在のところ、われわれだけが行いうる手術法です。(欧米の教科書でも紹介されてい
ます)

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直腸癌の切除に関して、医師も患者も悩みながら手術法を決定します。なぜでしょうか。

それは、直腸が大切な働きをしているためです。

大腸癌や直腸癌を治すためには、癌(ガン)をふくめて周囲の組織をいっしょにとる必要があります。大腸癌細胞・直腸癌細胞が目に見えない形で、周りに散らばっていることが、いくつもの研究で明らかになっているからです。つまり、治すためには、癌(ガン)だけくりぬくようなことはできません。

しかし、大腸の中でも直腸の場合は少し話が複雑に
なります。直腸のすぐそばには、肛門がありますから、まで切除せざるを得ない場合には、人工肛門(ストーマ)が必要になってしまうというわけです。

[注:大腸とは、結腸と直腸をあわせて言う呼び名です。結腸はcolon、直腸はrectumで、大腸に見合う英語の専門用語はありません(強いてあげれば、large bowelでしょうか。)が、とても便利な日本語です。]

では、人工肛門 ストーマと呼ばれるものは何でしょうか。それは、大腸の切離断端が腹壁に口を開けた、腸の開口部のことです。つまり、腸の一部が腹部に露出し、そこの孔から便が出てくるものを、人工肛門と呼んでいます。でも、これは肛門でも何でもありません。便が出るということでは、肛門に似ているのかもしれませんが、それ以外の肛門の働きはありませんので、便はただただ意識せずに、出てくるだけです。このごろでは、人工肛門と呼ばずに、単に「ストーマ」と呼ばれることが多いのもこのためです。

多くの方は、ストーマにビニール袋をつけて便をためます。近年は、装具[袋や皮膚保護剤]の発達が目覚しく、ストーマをつけた人々の生活は格段に改善されました。しかし、それでも、肛門を失うのは辛いことです。それが証拠に、直腸癌の手術方法は術後の排便機能が悪くなる危険をおかしても、出来る限り肛門を残す方向で発達してきました。出来るだけ肛門の近くで腸を吻合し、人工肛門にならないように、手術術式と手術器械が発達してきたのです。

しかし、それらの発達にもかかわらず、今でも、肛門を切除しなければならないような直腸癌の患者さんがいることは、事実です。そして、あなたが、その患者さんの、ひとりになるかもしれないと、主治医にいわれたのなら、手術によってお尻を失う可能性は高いでしょう。(かつて、そして今でも、医者は、患者さんに控えめに言うことが多いものです。)

もし、あなたもそういう方のひとりであるのなら、以下の手術方法は、あなたが選ぶ手術法の1つの選択肢となります。

つまり、手術によって失った肛門をもう1度作る手術です。

手術法に名前をつけるのは、開発者の特権と考えていますが、実は今も、この手術方に、決定的な名前をつけていません。(たぶん、手術法の名前を問うだけの無意味な試験問題に記憶力のなさで悩ませられ続けた学生時代の苦い思い出が、手術法に名前をつけることためらわせているのだと、私は自己分析しています。)
基礎研究が始まった、1990年代半ばには、「機能的会陰部人工肛門(functional perineal colostomy)」と呼んで発表していました。
その後、手術内容は異なるのですが、似た名前の手術法があったため、それと区別する必要から、「生理的直腸肛門再建術(physiological anorectal reconstruction)」と呼んで、専門誌に発表しました。
正確には、陰部神経を縫合して新しく作った肛門なので、近年では、手術方法を正しく表すためにその英語訳のpudendal-nerve-anastomosed-neo-anusの頭文字をとって、PNANAと呼んだり、neo-anus with a pudendal nerve anastomosisの頭文字をとってNAPNAと呼んだりしています。
しかし、この手術はそれ以外の工夫も併用している手術法であるため、正確には、名は体を表す、という風には、なっていないのが現状です。


直腸癌は、癌(ガン)の中でも治りやすい癌です。当院のデーターを示します.下のグラフは、、前主任教授の金澤暁太郎名誉教授の退官を記念して出版したデータブックから引用した、
1980年から1994年までの直腸癌(204例)の生存率のデータです。


直腸癌の生存率(ステージ別)

グラフを説明します.

1番上のラインがDukes' Aという進行度の直腸癌の手術後の生存率を示しています.Dukes'Aとは、癌が壁を超えない大きさのものを意味します.術後10年目の生存率が、90%です.
2番目のラインがDukes' Bという進行度の直腸癌の手術後の生存率です.Dukes'Bは、既に壁を超えるぐらい大きくなってしまった癌ですが、5年生存率は、80%を超えます.
もっとも下のラインがDukes' Cという進行度で、既にリンパ節に転移が見られる程度に進行してしまった直腸癌の手術後の生存率です.このようにかなり進んだ直腸癌でも5年生存率で50%です.10年目のデータはなぜか悪いのですが、(統計上の理由に過ぎないとおもいますが、)9年生存率でさえ、40%に近い結果です.
(さらに、強調したいことは、現在ではこの当時と比べ物にならないほど、抗がん剤による化学療法が発達していることです。直腸癌の生存率はさらに改善しているのです。)

ここに示したように、かなり進んだ直腸癌 でも、他の癌に比較して、よく治るものなのです.もし、直腸癌がけして治らないものであったのなら、肛門を切除してまで、なぜ、大きい手術をする必要があるのでしょうか。 治りやすいガンだからこそ、必要十分のしっかりとした手術をすることが大事なのです。


治りやすい癌(ガン)だからこそ、治すための手術を、おろそかにしてはいけません。人工肛門がいやだからといって、再発率を上昇させるような手術(データに基づかない小さな切除範囲の手術)を選ぶ外科医がいるのだとしたら、あまり、信用してはいけないと思います。あなたの、人工肛門を恐れる心に迎合してそのような手術をするだけのことで、本来のあなたの希望する治療とはことなるはずです。あなたの希望は、癌は癌でしっかり治して、かつ、人工肛門も避けたいというものであるはずです。

私たちは、肛門として自然に働くような、新しい肛門を再建する手術を行っています.直腸癌に対する手術は、治癒を目指したしっかりとした手術を行います.いままで行われていた手術方法と比べて、何ら、手術する範囲に縮小はありません.その上で、自然な肛門の機能をつかさどるのに重要な役割を演じる陰部神経を縫合した骨格筋によって、新しく肛門括約筋を作り、肛門のあった場所に新たに肛門を作ります。


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連絡先:
この治療法は、1995年当時勤務していた自治医科大学附属病院で世界第1例が施行され、20例ほどの経験の後、転勤先の国際医療福祉大学病院で症例が重ねられました。
2008年1月からは、新肛門手術に特化して独立した、さいたま新開橋クリニック(大腸肛門骨盤底疾患センター)にて、手術を行っています。奇しくも、外科医Milesの記念すべき発表から100年を経ての、小さな抵抗であります。

現在、さいたま新開橋クリニックで週に1例のペースで下部直腸がんの手術を行っています。その多くは、前医で人工肛門と言われた患者さんです。手術は、ぎりぎ肛門を温存する手術であったり、肛門再建であったりと、当院ならではの手術が必要となる患者さんばかりです。

さいたま新開橋クリニック 
(埼玉県さいたま市西区宮前町408-1 電話 048-795-4760)  佐藤知行 
(お電話は随時受け付けております。外来診療や検査、手術のためにすぐに出られないこともありますが、遠慮なくお電話をおかけください。)


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目次
扉の言葉
第1章 直腸がんを治し人工肛門を避ける(大腸がんの説明)
第2章 人工肛門をなくす手術が開発されるまで
第3章 人工肛門をなくす手術の概略
第4章 人工肛門のない生活
第5章 文献紹介
第6章 自己紹介に代えて
第7章 すでに人工肛門を付けている方へ