新肛門手術について Aclinic guide

直腸がんや肛門がんでも人工肛門(ストーマ)にならない方法があります。

第2章  
ストーマ(人工肛門)をなくす手術法(新・肛門・手術)が開発されるまで


肛門括約筋には3つの重要な働きがあります.

(1)排便とその制御に応じた括約筋の収縮と弛緩
(2)便意という感覚の場
(3)安静時の括約筋の収縮

これらの働きを制御している神経(陰部神経)を新しい肛門の括約筋につなぎかえることにより、新肛門にこれらの働きを持たせようというのが、この手術法のねらいです.
この手術は、動物による基礎実験と、解剖体を使用した模擬手術による解剖学的な検討とを経て、実用化されました.

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新肛門手術が開発されるまでの経緯

(1)動物実験

人間で実際の手術をするまでには、実験動物の貴重な犠牲が必要でした.まず、彼らに甚大なる感謝をささげます.

肛門の働きは、腸の筋肉由来の内肛門括約筋と骨格筋の一種である外肛門括約筋との2種類の括約筋で行われています.外肛門括約筋は足や手の筋肉と同じ骨格筋でありながら、他に例を見ない特徴があります.それは、意識していないときも絶えず筋肉に収縮が見られるということです.これは、便を漏らさないということに関しては、きわめて合目的的で、利にかなっています.これはトーヌスと呼ばれている現象です.筋電図検査をすると、つねに筋電図波形が観察されることからも、証明されます.もうひとつは、外肛門括約筋をふくむ骨盤底の骨格筋群が便意の発現の場になっているということです.たとえば、出産のとき胎児が生まれようとして、骨盤底の筋肉を押すと、便がたまったわけでもないのに、便をしたい、といういきみたい感覚に襲われることからも容易に理解できます.さらに、括約筋は排便時に腹圧などと協調して、排便にかなうようにリラックスして便を出させるように働きます.また、くしゃみなどで腹圧が上昇するときには無意識に、収縮力が高まるように働きます.

このような排便と便禁制にとって重要な働きをしている外肛門括約筋の特徴を規定しているのは、陰部神経とよばれる神経です.(ハチュウ類より高等な生物では筋肉は神経によってその特徴が規定されているという生物学の法則があります.)この陰部神経を新たに別の骨格筋に神経支配させて、外肛門括約筋としての特徴を持たせようというのがこの手術のねらいです.

動物実験では、直腸癌と同様の手術(直腸と肛門を切除した)後、陰部神経を縫合した筋肉をつかって括約筋を再建した新肛門をもつ実験動物の群と、陰部神経を縫合せず、もともとの筋肉を支配する神経のままで新たに括約筋を作った新肛門を持つ実験動物の群とで比較検討しました.その結果、陰部神経を縫合した群で、陰部神経を縫合した新括約筋は外肛門括約筋の特徴を、電気生理学的にも、組織化学的にも、反射的にも獲得し、それらの排便状況も改善していました.正式には、米国のSurgeryという学術雑誌に、以下の英文論文でその結果が出版されています.
Sato T, Konishi F. Functional perineal colostomy with pudendal nerve anastomosis following anorectal resection: An experimental study. Surgery 1996; 119: 641-651
  

翌年の1997年には、早くもアメリカのミネソタ大学から追試論文がDisease of the colon and rectum誌に発表されています。しかし、その後このチームの研究は途絶えてしまったようです。

(2)解剖学的検討

以上の動物実験を背景に、実際人間で、陰部神経の縫合を行った新括約筋を安全に作れるのか、ヒト解剖体をつかった模擬手術を施行して、検討しました.その結果、解剖学的に安全に手術が施行できることが確認できました.正式には、米国のsurgeryという学術雑誌に、以下の英文論文でその結果が出版されています.
Sato T, Konishi F, Kanazawa K. Functional perineal colostomy with pudendal nerve anastomosis following anorectal resection: A cadavor operation study on a new procedure. Surgery1997; 121: 569-74

なお、2005年の暮れに、フランスのチームから私の論文を下敷きにした解剖学的な研究の論文がDisease of the colon and rectum誌に発表されました。
また、2008年10月の日本大腸肛門病学会総会で杏林大学の松岡先生のチームから解剖学的検討の追試が口演発表されました。(残念なことに私は診療のために聴講することはできませんでしたが。)

(3)臨床応用

これらの検討をふまえて、院内の倫理的検討をへて1995年、臨床応用を開始し、1996年には院内に新たに設置された倫理委員会の承認を経て、術式を改善させつつ、さらに臨床応用を続けております.その結果(臨床成績)は、国内外の学会や講演で発表してきましたが、正式には、共に米国の学術誌であるDisease of the colon & rectum(結腸直腸病)誌 と Surgery(外科)誌に、1997年、2000年および2005年、出版発表されています.
Sato T, Konishi F, Kanazawa K.Anal sphincter reconstruction with a pudendal nerve anastomosis following abdominoperineal resection: Report of a case. Dis Colon Rectum 1997; 40: 1497-1503.

Sato T, Konishi F, Ueda K, Kashiwagi H, Kanazawa K, Nagai H. Physiological anorectal reconstruction with pudendal nerve anastomosis and a colonic S-pouch after abdominoperineal resection: Report of 2 successful cases. Surgery 2000;128:116-120

T Sato et.al. Long-term outcomes of neo-anus with a pudendal nerve anastomosis contemporaneously reconstructed with abdominoperineal excision of the rectum Surgery 2005; 137: 8-15

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連絡先:
この治療法は、1995年当時勤務していた自治医科大学附属病院で世界第1例が施行され、20例ほどの経験の後、転勤先の国際医療福祉大学病院で症例が重ねられました。
2008年1月からは、新肛門手術に特化して独立した、さいたま新開橋クリニック(大腸肛門ペルビックフロアーセンター)にて、手術を行っています。奇しくも、外科医Milesの記念すべき発表から100年を経ての、小さな抵抗であります。

さいたま新開橋クリニック (電話 048-795-4760)  佐藤知行  

(お電話は随時受け付けております。外来診療や検査、手術のためにすぐに出られないこともありますが、遠慮なくお電話をおかけください。)


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目次

第1章 直腸がんを治し人工肛門を避ける(大腸がんの説明)
第2章 人工肛門をなくす手術が開発されるまで
第3章 人工肛門をなくす手術の概略
第4章 人工肛門のない生活
第5章 文献紹介
第6章 自己紹介に代えて
第7章 すでに人工肛門を付けている方へ