しばらく、感染性腸炎の話をします。
【アメーバ腸炎】
アメーバという虫によって引き起こされる腸炎です。
どんな形の腸炎を起こしても不思議のない病気と言われています。大腸内視鏡検査をして、なんだかわけのわからない、診断の付かない腸炎をみたら、疑わなければいけない病気ですね。東南アジアなどの海外渡航歴があることがほとんどですが、私は、海外に行ったことなどない、田舎のおばあちゃんでも経験がありますので、教科書で言われるような海外渡航歴にこだわりすぎるのは、よくないかもしれませんね。大腸内視鏡検査による組織検査で、アメーバが見出されれば、確定診断がつきます。
それから、このごろ増えているのが、男性同性愛者による感染ですね。オーラルセックスによる感染やエイズで体が弱ったときに発症する、いわゆる日和見感染も多いので専門家は、知識としては、もっていないといけないですね。
もっと詳しく話すと、嚢子を口から摂取して感染し、十二指腸で栄養型になります。栄養型として大腸粘膜に進入し、増殖するとともに分泌物によって組織を溶かして殺してしまいます。急性期には、赤血球を食べます。アメーバが血液に乗って全身を回れば、肝臓や脳にアメーバ膿瘍を作ります。
感染から発症までの潜伏期といわれる期間は、数ヶ月以上のことが多いので、このアメーバのことを知らないと、海外渡航などと関係があることを見逃してしまうのですね。こういうことを知っていて、的確に、患者から聞き出せるかが、名医とそうでないものとの差なのですね。
大腸病変は、盲腸や上行結腸といった奥のほうに多いといわれていますが、私の経験した症例は、直腸にも病変がありました。病変は、教科書的には、フラスコ状潰瘍などと言われますが、何度もいいますように、実際には、病変が多彩で、わけがわからないときに、考えるべき症例として捕らえておいたほうがいいかもしれませんね。潰瘍によって大腸の壁が薄くなっているので、穿孔(穴が開く)危険が高いといわれています。
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メトロニダゾールという薬が効きますから、診断が付けば、一安心です。
ある大学の職員でこの病気にかかった30歳代の男性がいます。秘密ですけれど、記憶への定着を確実なものとするために、その方の話をしましょう。
その患者さんは、「便に血が混じる」、いわゆる、粘血便を主訴に来院し、緊急大腸内視鏡検査を行うことになりました。待合室で待っている姿や、内視鏡を受けているときの痛みを表現する「うなり声」(ちなみに私が内視鏡を施行したのではないですよ、そのときは)が、とても男性のものとは思えないということで、担当看護師の「診断」では、笑いながら、おかま、男同性愛者、ということになりました。20歳そこそこの健康そうな女性の看護師の笑顔の診断はかなり怪しいものといわなければなりません。この大腸内視鏡施行医が下手で、患者さんが痛がっているだけであり、男性同性愛者と決めつけるのは、証拠が不確実だ、と私は反論しましたが、内視鏡モニターに、上行結腸のなんともいえない潰瘍が映ったのです。
後日、生検による病理学的検査で、アメーバ菌が見出され、アメーバ腸炎と診断されたのです。なぜか、男性同性愛者に、この病気は多いのです。アメリカではほとんどエイズとカップリングされて診断されるようで、アメーバ菌の感染しやすさに、男性の精液が関与しているらしいのですね。
看護婦さんたちの「診断」に基づき、私は、彼に、アメーバ腸炎であることを伝えた後、男性同性愛の経験の有無を尋ねました。
彼は、驚いた顔をして、「そんなことありません」。その手と首を振って、一生懸命に否定する姿が、確かに、女性そのものでしたが、その素直そうなしぐさが、確かに、そんなことはけしてないことを物語っていました。私は、そう信じました。でも、診察室に同席した、あの年端もいかない看護婦は、「あれは「黒」ですね」と、確信に満ちた声でうなずきながら言いました。
その大学職員は、診察室を出てしばらく思案した後、診察室の裏側の処置室に入ってきて、その若い看護師に、おどろくべきエピソードを語り出しました。「一人暮らしのアパートで寝ているとき、誰かが忍び込んできて、睡眠薬を注射されて、しばらく意識を消失していたことがあり、そのときに何かあったのかも。」
「あっ、そうだったんですね、その時かもしれませんね。」と明るく答える看護師の声の後に、すでに全部の会話が聞こえているのにも関わらず、それを私に報告しに戻ってきた看護婦の確信に満ちた表情は誰にも崩すことができないものでした。「先生、彼は白でした。」
危険ですが、消して悪いことではないのです。
ただ、どうしてなのでしょうか。私からみれば年端もいかない、新人看護師が、私などより早い段階でいとも簡単にそれを見抜ていたのは。しかし、その話は、もう一つの長い話、別の話になります。
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